From: matz@... (Yukihiro Matsumoto) Date: 2000-11-06T21:46:39+09:00 Subject: [ruby-dev:11386] Re: Ruby I18N まつもと ゆきひろです In message "[ruby-dev:11385] Re: Ruby I18N" on 00/11/06, nagai@ai.kyutech.ac.jp writes: |matz> ことや、客観的にそれではダメということは示せないような気がす |matz> ることの方が本質的な問題だと思います。 | |「日本語の『骨』は中国語では『骨』と書きます.」 |の二つの「骨」の字が期待通りに表示できないのを |「グリフの違い」で片付けられるのは納得がいきません. |この程度のことを正しく表現するのにもグリフまで考えねばならないのでは |「ユニバーサルな」ものとしてはダメだと思ってます. 気持ちはわかるんですが、しかし 「イタリックの『i』は『i』と書きます」 「サンセリフの『A』は『A』と書きます」 「『f』を二つ並べるとリガチャにより『ff』になります」 とかが*プレーンテキストで*期待通り表示できないことには大体の 人が納得できるわけですよね。「この程度のこと」がどの程度「こ の程度なのか」客観的に示す自信は私にはありません。 どう思います? まつもと ゆきひろ /:|)