From: Yasuhiro Fukuma Date: 2000-08-15T04:09:31+09:00 Subject: [ruby-list:24203] Re: FreeBSD ports 福間@福岡 です。 記事 <200008141800.DAA18359@hanare00.math.sci.hokudai.ac.jp> にて、 gotoken@math.sci.hokudai.ac.jp (GOTO Kentaro) さんは書きました: > >変更の有無という意味では、むしろ site_ruby で統一するという方向性のほうが > >コスト(といっても原則的にはportのMakefileに INSTALL_TARGET= site-install > >を追加する程度でしょうけど)はかかるのでは? > > RubyとOS(この場合はFreeBSD)のどっちを主とするかの問題かなあ。 > コストではなく原則で考えてみますね。 念のためですが、わたしには神戸さんの文章が「ruby/${RUBY_VER} 以下を使う ためにはなんらかの(site_ruby を使う場合より多くの)変更が必要である」 という前提の元に書かれているように読めたので、上の文章はそれに対する 反論です。「site_ruby を使う」案そのものに対する反論ではありません。 > Rubyでは、site_rubyは、標準ドキュメントが仮定しない物件を表 > すのだと思います。つまり、以下の通りです。 > > ruby/${RUBY_VER}/ → Ruby標準 > ruby/site_ruby/ → Ruby非標準 > > そういう意味では、FreeBSDのportsのようなOS側が管理するのは、 > むしろ site_ruby/ 以下にすべきであり、Rubyから見て ports が > ユーザとある意味対等な位置づけになるのは自然なんではないかと > 考えます。 理屈としては納得できました。 わたしは利用者としてのあるひとつの視点(自分で依存関係やらを考慮しつつ 手で管理するのか、面倒なことは半自動的にやってくれるのか)で考えていたの ですが、たしかにRuby側からみればそのとおりですね。 # あとは… ports という仕組みをどうとらえているかの違い、かな。 # たしかに「手でインストールする作業の手続き化」という側面もあるし、 # 「インストールメモの代わり」としても重宝はするんだけど、大部分の # 局面では「簡単インストールキット」程度の認識で済ませてしまってるので。 --- FUKUMA Yasuhiro (福間 康弘) as Yasu.F @ Kitakyushu.Fukuoka.Japan Web site: http://www.bsdclub.org/~yasuf/ PGP fingerprint = 17 25 8A F3 99 E5 7E 19 C0 EA 6E 03 8A C3 CE F0 “いちばん苦手な言語は、日本語です。”